東京高等裁判所 昭和50年(行ス)6号 決定 1975年8月04日
抗告人 金正浩
相手方 東京入国管理事務所主任審査官
主文
本件抗告を棄却する。
理由
抗告代理人の抗告の趣旨及び抗告理由は別紙「抗告状」記載のとおりである。
同第一点について。
本件記録によれば、収容の執行により抗告人が韓国人の妻子と別居せざるを得ず、かつその経営するサンダル加工業に支障を受けることが窺われるけれども、それだけでは、収容に伴い通常生ずる損害というにすぎず、抗告人に回復の困難な損害に該当するものとまではいえない。また、抗告人の収容により本案訴訟の遂行に著しい支障を生ずるものとも認められない。
したがつて、抗告人に本件収容により回復の困難な損害を避けるために緊急の必要があるとはいいがたく、原決定には所論のような違法があるとはいえない。
同第二点について。
原決定は、所論のように公共の福祉に重大な影響があることを理由としているものではない。
したがつて、論旨は前提を欠き、失当であり、排斥を免れない。
その他、本件記録を精査しても、原決定を違法とすべき事由は認められないから、本件抗告を棄却する。
(裁判官 小堀勇 青山達 奈良次郎)
〔別紙〕 抗告状
原決定の表示
主文
相手方が申立人に対し昭和五〇年五月二日付で発した外国人退去強制令書に基づく執行は、送還の部分に限り、本案(当庁昭和五〇年(行ウ)第七四号事件)判決の確定に至るまでこれを停止する。
本件申立のその余の部分を却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
抗告の趣旨
原決定を取消す。
相手方が、抗告人に対して発付した昭和五〇年五月二日付退去強制令書に基づく執行は、本案(東京地方裁判所昭和五〇年(行ウ)第七四号事件)判決の確定に至るまでこれを停止する。
との裁判を求める。
抗告の理由
第一原決定は、収容部分の執行停止については、回復の困難な損害を避ける緊急の必要性があるとはいえない、として抗告人の申立を却下した。
一 その理由として、まず、収容の執行により韓国人の妻子と別居のやむなきに至るのみたらず、申立人(抗告人)の営むサンダル加工業の経営に支障が生ずることもうかがわれるけれども、これらの事情だけでは回復の困難な損害に該当するものとはいえない、という。
しかし、夫婦、親子が同居して生活することは人間存在の基本である。愛する妻子との別居を強いられること自体、抗告人にとつては、耐えがない苦痛である。
又抗告人の営むサンダル加工業は、抗告人一家の生計を支える最低限度のものに過ぎない。
それさえ、抗告人の不在が長期化すれば、従業員も離散し、唯一の機械設備も役に立たず経営を維持できないことは明白である。
さりとて、乳のみ子と先夫の子をかかえた抗告人の妻は、他に就職することもできず、又親戚の援助も多くを望めない。生活保護を受けるにしても、韓国人であるが故に種々の制約があり、最低限度の生活を維持できるかも疑わしい。
一家の支柱を失つた家族は悲惨である。
かくして、抗告人の家族は、崩壊するおそれなしとしないのである。
二 理由の第二として、申立人が収容されることにより本案訴訟の追行に著しい支障を生ずるとはいえない、という。
しかし、抗告人が、現収容所に収容されていることにより、訴訟追行上次のような著しい支障がある。
1 訴訟追行は、現実には代理人が行はざるをえないが、収容所までの往復に半日以上の時間を要する外、面会時間にも種々制限があり、さらに面会時には、相手方の所員が立会する(刑事被告人以下の処遇)ため、十分な打合せができない実情にある。
2 証拠資料の収集、面接、調査等を自ら行えないため、十分な準備ができない。
3 前述のとおり、収容されているため、収入の途なく、経済的能力がないため、十分な訴訟活動をすることができない。
相手方は、その組織、設備、情報、人容等のすべての点で、すでに抗告人に対して圧倒的に優位な立場にある。
抗告人が、収容されたままで訴訟を追行しなければならないとすれば、さらに前述の様な不利な条件が附加されることになる。
それでは、せつかくの裁判を受ける権利の保障は、形式的、名目的たものにとどまり、実質的には、公正な裁判を受けることを拒否しているに等しい、といはざるをえない。
以上のことは、いずれも抗告人に対する収容の執行により生ずる回復の困難た損害というべきであり、これを避ける緊急の必要性があることは明白である。
第二相手方は、抗告人の収容を停止することは、公共の福祉に重大な影響がある、と主張する。
その理由とするところは、収容部分の執行停止がなされると、在留資格のない外国人が野ばなしになり、十分な管理ができなくたること、その間の当該外国人の在留活動により、本案判決確定後の退去強制令書の執行が著しく困難になることが、公共の福祉に重大な影響を及ぼすことになるということのようである。
しかしながら、
一 本案訴訟を提起して、執行停止を求め、かつ執行停止するのが妥当だと判断されるようた外国人は、極く少数である。
相手方において、それら少数の外国人の管理を行うのに、その組織、設備、人容、資力等をもつてすればさしてむずかしくはない筈である。
たしかに、仮放免された外国人には、住居及び行動範囲の制限、呼出に対する出頭の義務や三〇万円以内の保証金を納付させているであろうが、執行停止された抗告人は、家族の生活を維持すると共に本案訴訟を追行して行かなければならないのであるから全く自由に行動をすることなどとうてい不可能である。
結局、仮放免の場合は、外国人が自ら相手方のところへ出頭しるのをまつのに対して、執行停止の場合には、相手方の職員が時々その外国人のところへ出向いて、その現況を知るという差しかないのである。
相手方のいう公共の福祉に重大な影響があるというのは、それだけの手数がかかるというだけのことである。
又、収容停止が本案判決確定まで相当長期間継続することになるから、取引上或いは親族関係において輻輳した法律関係が形成されるというが、抗告人の取引というも、前述のとおり個人企業に等しいものであるから、その取引範囲も限定されているばかりか、本案訴訟中であること、執行停止中であることは、周囲の者にも自ら判明することであるから、本案判決が確定して退去強制令書の執行を著しく困難にするほど、輻輳した法律関係が形成されるとは、到底考えられないところである。
仮りに、二、三の取引先にめいわくをかけることがあつたとしても、それが令書の執行を著しく困難にすることはあり得ないし、公共の福祉に重大な影響を及ぼす等と大げさなことをいう必要もあるまい。
要するに相手方の言う公共の福祉とは、行政の便宜というほどの意味にしかすぎない。相手方の主張には、行政の便宜が優先し、基本的人権の尊重や人道的な配慮が欠落している。
以上の次第であるから、抗告の趣旨記載の裁判を求める。